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第六章 「功徳を積む」

その事業の大成功の鍵とも言えるラルフ・スターリの個人的信条、人柄、言動を物語るエピソードを数例紹介しよう。
長年に亘り、彼の右腕の1人であった人事部長、マイク・シービングを通して顕されたラルフの従業員に対する類稀な配慮についてラルフの親友、ジョージ・ヘンクルは語っている。
従業員1,700人を超える大企業となったスターリ社では、社員自身あるいはその家族の葬儀の世話は勿論のこと、支払えなくなったアパートの賃料を社員に代わって負担する、飲みすぎて警察の留置所で一晩を過ごす羽目になった社員には保釈金を払って連れ戻す、無断欠勤の社員のフォロー等々、個人的に暖かく行き届いた面倒看は他社には容易に真似のできないものであった。
どんな場合もラルフの目的はただ一つ、起こっていることの理由や背景が何であれ、その社員を職場に戻すこと、であった。
父親が家族の面倒を看るように、全ての社員に行き届いた気配りを示した。問題が例えその社員自身の過失や欠点にあっても、理由は問わなかった。
但し、同じ間違いを繰り返し行う者には、数度でヘルプは絶たれた。
ラルフがもっとも嫌った個人的悪癖は賭け事であった。
彼は、賭け事は飲酒やその他の性癖より手に負えないものと看做していた。
家族の生活費や子供の食費まで奪っても抜けられなくなるものとして許さず、ギャンブラーはヘルプしてもらえない数少ない社員であった。

賭け事以外であれば、家族の治療費、食費、交通事故処理費等々なんでも、本人たちが払えない時は、詳しい理由は聞かず、シービングを通じてすぐに問題を解決した。
社員はスターリ社に働くことを喜び、感謝し、仕事と会社に忠実なスターリメンバーとなるのは必須であった。
全社員の名は勿論、家族の名前まで全て覚えていたシービングは、ラルフが各工場を訪ねる折には必ず傍らに付き、その1人1人の名を素早くラルフに耳打ちし、ラルフはまず、自分から相手の名を呼んで会話を始めるのであった。
飢えている家族を見つけると、ラルフは直ちにシービングに最寄の食料品店に電話させ、その家へ充分な食料を届けるよう指示した。
また、あるときは、暖房費の余裕がなく冷え切っている家の前庭に石炭が山と積まれたこともあった。

「話の内容の75%はつまらないものでも、後の25%には、宝となるものもある。その宝を見つけることだよ。」とは、70歳を過ぎて自ら引退を決意したシービングの若い後継者にラルフが言った言葉である。
また、「社員がいてこその会社、この会社で働いて幸せ、と感じている社員は、とりもなおさず皆生産的な社員である。」がラルフの信条の一つであった。
ある時、ラルフと共に材木会社を始めた共同経営者が、裏で団地建設を企み密かに大量の木材を盗んだことがあった。
その事実が判明すると、ラルフは直ちにその会社を解散したが、その男を許しその後も出会った折にはいつも友好的に接した。

多くの身内が勤めていたSCでは、親族間で揉めることもあった。
ラルフの甥ロン・ペンダリー は回想する。
「一生に亘る事業経営をしていたら、必ず誰か意見や気の合わない人は出てくるものです。ある時、ラルフが辞めさせたいと思っていた身内2人がいたのですが、私と弟のケン(ラルフの甥)は、その2人の味方についたのです。でも、彼と対立している者を弁護しても、叔父は決してそのことを根にもったりしませんでした。スターリはファミリービジネスでしたから、家父長であるラルフが身内より他人を優先させる時には面白くないと感じる者もいました。でも、彼らが理解していなかったのは、ラルフにとって従業員は皆身内だということでした。」

 

SCの現社長、ビル・フォークナーは、回顧する。
「社員の一人、レッドには飲酒癖がありました。従業員を決して解雇しなかったラルフは、レッドの酒癖が仕事の支障をきたすようになってもまだ第6工場の護衛に置いていました。でもある日、彼は酷い泥酔状態になってしまったのです。遂に堪忍袋の緒が切れたラルフは、人事部長のシービングに『もうこれまで!辞めさせてしまえ。あんな男はSCには2度と雇わない!』と引導を渡すことを指示。シービングは「わかりました」と従った。数週間後、ラルフと共に牧場を視察にきたシービングは、わが目を疑った。辞めさせたはずのレッドが、梯子に乗り牧場の家のペンキ塗りをしていたのだ。シービングに睨み付けられたラフルは、「私が言ったのは、レッドは2度とスターリ・コーポレーションには働けないと言うことだったね。(ここはウチの牧場じゃないか)」と笑った。」

 

引退後の元従業員たちのラルフに対する敬愛と賞賛は尽きない。
その一人、リチャード・ボーチャーズは、ラルフが80歳の時の思い出話をする。
当時、SCではある製品サンプル部品の製造を急いでいたが、週末も働いてくれる研磨係がいなかった。
そんな土曜のある朝、何とオーバーオール作業服姿のラルフ自身が工場へやってきて、部品磨きを始めたのだ。
ところが、驚いたことに、本職のリチャードよりその作業を手早く仕上げていくラルフを見て、ボーチャーズはその間ずっとバツの悪い思いをした。
そんな彼にラルフは「気にしなくていいよ。やれることをやりなさい。」とだけ言うので恥ずかしさは極まったと話す。
それにも増して、ボーチャーズが忘れられないのは、彼らの娘ジャニスがSCからの奨学金で大学へ進学できたことだ。
その認定パーティに出席したラルフが早めに引き上げ駐車場に向かうのを見たボーチャーズと妻は、礼を言おうと急いで後を追った。
するとラルフは、彼らと共に会場の入口まで戻り、ドアを開けて彼らを中に入れると再び去っていった。
「あんな大物が、我々のためにわざわざドアを開けて押さえていてくれるなんて…こんな素晴らしいボスがいますかね!」
また、遅刻常習犯の社員たちは、ある日ピタッとその悪習が止まった。ラルフが入口ロビーに座り、入ってくる一人一人に挨拶をしたのだ。

以下は、遺族や友人たちの回想談。
すでに成功していた事業をプルタブ付アルミ缶開発により不動のものとして大富豪となったラルフであったが、自身の生活はいたって質素であった。
高級車やヨーロッパ仕立てのスーツを着るという類の贅沢趣味はなく、見かけで「金持ち」と人に思わせることを嫌った。
しかし、彼が富豪であり、地域の名士であることは疑いもなかった。
広大な農場には、バイソン、ダチョウ、バブーン(ヒヒ)等の珍しい動物たちが徘徊し、地域の学校から子供たちがツアーで訪れたり、農場で親族や親しい友人家族を招いてパーティを開き、フットボール試合観戦にはバスをチャーターして仲間たちを連れて行くなど、人が喜ぶことには出費を厭わなかった。
ラルフの人生哲学の一つ「ゴールドは一人占めにしてはいけない。人と分かち合ってこそ初めてゴールドになる。」に沿った行いであった。
休暇中に発病して入院が必要な社員には自家用飛行機を迎えに行かす。
社員の死後も、家族が困っていれば、金銭の面倒を人に隠れて看るなど、彼の謙虚さに裏づけされた善行は枚挙に暇がない。

その92年間の人生で、社員の子供たち80人の大学やメディカルスクールの学費を支払い、その返礼として求めたものは、「君たちに将来余裕ができたとき、同じように助けを必要としている若者に手をさしのべてあげなさい。」だけであった。
1930年代の初頭から1974年アルコアに売られるまで、SCの、アメリカでは珍しい一貫した終身雇用制度は社員に「ラルフのために喜んで働こう。彼は生涯面倒を看てくれる」と胸をはらせた。