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序章

1963年冬のある夜更け、アメリカ中西部のこじんまりした街で、男が自社工場の稼動をジッと見守っていた。 彼の名はラルフ・スターリ、誰も皆「ラルフ」と呼び親しんでいた。
この時、彼は世界を変えようとしていた。
しかし、彼自身、いわんや、世界は未だそれを知る筈はなかった。
そして、30年後、彼の死は”New York Times”、“U.S.A. Today”などの主要新聞で報じられた。

 

“Coke adds life.” “The Pepsi Generation” “The Bud’s for you.”等の誰もが知るコマーシャル標語…しかし、テレビは滅多に観ず、ラジオも聴かず、映画にも行かなかったラルフは、自分がこれらコマーシャルのスポンサーであるソーダやビール業界に一大変革をもたらすことになろうとは予想もしていなかった。
今では、硬貨を入れさえすれば、自動的に機械から現れる各種缶ドリンク。

Bud Light(アメリカ「バドワイザー」ビールの人気ブランド)やCoors(アメリカの大手ビールブランド)を缶から飲み干すビール愛飲家だけでなく、世界の人々がいつも手にする缶ドリンクをすぐ開けられるプルタブ。
缶へのドアノブとも言えるその部分自体を考案したのはラルフではない。
その時点でアイディアとしてだけは既にあり、特許も取得されていた。
しかし、ラルフは、そのプルタブ付缶の大量生産を実現化させた機械の考案に成功したのである。
素晴らしい着想も、それを人々の日常生活に取り入れ活用するすべがなければ、単なるアイディアで終わってしまう。
あの小さなメタル部分付缶の生産技術、それはスティーブン・ヴァンダルケン著「世界を変えた20世紀の100の発明」でも取り上げられている。

 

それより、遡ること40年間、ラルフはすでにアノダイズ・アルミ(陽極酸化アルミ)、発泡スチロール絶縁体を初め、彼のアイディアになる改良部品を装填した洗濯機、乾燥機、冷蔵庫、自動車、住宅の樋から屋根に至るまで、その開発力で人々の日用品に人知れず貢献していた。
しかし、プルタブ付ビール缶の登場が世界を驚かした時と同様、それら開発品の陰の立役者ラルフ・スターリを知る人は限られていた。
彼は自身のパブリシティを好まなかった。
1963年、プルタブ缶生産技術に熱中していた59歳のラルフは、生来きまじめで静かなビジネスマンであった。
30歳までに、過酷な闘病生活、事業の失敗、世界大恐慌等々多くの辛酸を舐めていた彼は、事業経営はゲームではないことを熟知していた。
そして、彼は常にそれらの苦難に打ち勝ち、立ち直ってきた。
いかなることにも決して動じず打ちのめされない人間であった。ビジネスに於いて、「リーダーシップ」とはどのようなものかを学ぶには、彼の軌跡を知るがよい。
この本は、そのラルフ・スターリの物語である。